南坊流は筑前黒田藩士立花実山を流祖とします。
実山は、黒田三代藩主光之の側近として重用されましたが、書画や詩文に秀でた江戸時代の博多を代表する文化人でした。しかも、禅や茶道にも精通し、茶道に関しては、利休侘茶の指南書と伝えられる南方録を世に出した功労者であります。
南坊流は、この実山居士が示された『徒に華を追うことなく自らの修行としての茶道、求道者として地道な研修を真儀とし、「清風自ら立つ」を旨とする茶道』を心掛けております。家元制度を採らず、社中を持つ師匠で理事会を組織し、合議制で運営を行い、福岡の茶道の普及に努めています。